私の青年期

100日後に30歳になることが判明しました

残り82日 -コインランドリーの思い出(3)エディとの出会い-

これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。

 

eiraku-san.hatenablog.com

今回も引き続き青年期の生活の記録として、コインランドリーにまつわる思い出を書いていく。

 

⑤エディとの出会い

3年前のとある夏の夜、いつものコインランドリーに入ると白人の若者がいた。普段、外国人はいてもアジア系の人たちが多いから、珍しく感じたのを覚えている。彼は洗濯機を前に操作に戸惑っていた。

この辺りに住んでいるのだろうか、旅行者だろうか。そう考えながら、私が自分の洗濯物を放り込み支払いまで終えても、彼は手こずっているようだった。

たしかに外国人には説明が足りないだろうな、と思った。日本語の分かる私でさえ、初めてここを使ったときは戸惑った。誤って二回支払いをしたし、人の洗濯物に勝手に乾燥をかけてしまった。

ふと思い立って声をかけた。

"What do you want? Just wash? Just dry? Or wash and dry?"

その後の会話はあまり覚えていないが、そう声かけをしたのを覚えている。結局、彼は洗濯乾燥をしたがっていたから、その操作を手伝った。

 

洗濯乾燥が終わるまでの一時間、彼とローソンの前で話し続けた。彼は大学を卒業したタイミングで、ミネソタから二週間ほど旅行に来ていた。

「24時間やっているコインランドリーを探していたらここが見つかったんだ」と言っていた。

その後、彼の滞在中に二回会って朝まで飲み歩き、色んなことを語り合った。私の青年期にとって、とても大切な思い出だ。国が違って、言語が違って、所属しているコミュニティーもまるで違う。本当に偶然の出会いだからこそ、付き合いの長い友人とは話さないようなことも話せた気がする。

彼と交わした会話だけでなく、訪れた場所もまた、この街に住み始めて間もない頃の新鮮さも相まって、強く記憶に残っている。あの夏の繁華街の雰囲気、忍び込むように入った怪しい建物、川沿いの公園、カップルだらけの夜景スポット、ジャズバー。

当時の自分にとっても印象深かったのだろう。彼と話したことや行った場所をEvernoteのノートに残している。読み返すと、そのテキストの量に驚く。彼との思い出をひとつの記事にまとめたいところだったが、まとめきれる気がしない。また、別の機会に書くことにする。

 

ノイズミュージック

コインランドリーで交わした会話だけ、少し書き残そう。

彼は音楽が好きで、滞在中はレコードショップを巡り、特にカセットに熱中しているようだった。「何でもエクスペリメンタルなものが好きなんだ」と言っていて、特にノイズミュージックやハードコアが好きだった。

洗濯乾燥が終わった頃、ローソン前からコインランドリーに戻り、お互い洗濯物を畳み始めた。

彼は「日本のアーティストではShinji MasukoやGAUZEが好きだ」と言っていた。

youtu.be

(増子真二のバンドDMBQのライブ映像)

 

私は、ノイズに詳しくないが、たしかBOREDAMSやMerzbowが海外でも有名だと聞いたことがあった。私は少し聴いたことがある程度だったが、彼に尋ねてみると、

「ああMerzbowね、知ってるよ」と彼がさらりと言った。

もちろん一部の音楽好きは知っているだろうが、少なくとも私はMerzbowについて人と話したことがなかった。何なら口に出して発音をしたのもこの時だけだ。

コインランドリーでふたりで洗濯物を畳みながら、Merzbowの話をしていることの奇妙さ。

自分の音楽知識を訴えたいというより、この瞬間の不思議さを伝えたくなり、思わず、「コインランドリーでMerzbowを知っている日本人と話せることはなかなかないと思うよ」と言った。「One in a million、は言いすぎだけど、かなり珍しい」と。

彼も、たしかにそうだね、と笑っていた。

youtu.be

そしてコインランドリーを出て、Instagramのアカウントを交換してその日は別れた。

コインランドリーで友達ができたのは、後にも先にもこれだけだ。今のところは。

夜の公園とエディ

 

残り83日 -コインランドリーの思い出(2)乾燥機グランマ・中華屋での待ち時間-

これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
 
前回に続き、青年期の生活の記録としてコインランドリーにまつわる思い出を2つ書いてみたい。前回は少しバイオレントな内容だったが、今回はわりとほんわかしているはずだ。
③乾燥機グランマ

コインランドリーを使い始めて間もない頃の話だ。

乾燥機の操作に手こずっていると、優しそうなおばあさんが、

「これはね、ここにお金を入れてからボタンを押すのよ。こっちは下の段だから気を付けてね」と話しかけてくれた。

お礼を言い、気になっていたことを聞いてみた。

「このくらいの量だと乾燥って何分くらいですかね?20分で足りますか?」

「そうね、20分でも大丈夫だと思うわ」

「ありがとうございます。20分にしてみます」

「うん、それで一回様子見てみてね」

 

そして、一度家に戻り20分後にコインランドリーへ訪れると、何故かまだ乾燥機が回っている。おばあさんがいて、私に告げた。

「ごめんね、20分でまだ乾いてなかったみたいだから、もう10分回しておいたわ」

「え?本当ですか、ありがとうございます。お金は…」

「お金はいいから!勝手にごめんね」

おばあさんはそう言い、去ってしまった。突然の親切に、感謝よりも驚きを感じた。何故そんなことをしてくれたのだろうと不思議に思った。

 

帰り道、おばあさんのことを色々と想像した。

きっとおばあさんの家は洗濯機がない小さいアパートなのだ、そして一人暮らしで会話をする相手がいないのだ、だから人との交流を求めていたのだ。この街にはきっとあんな老人がいっぱいいるのだろうな、、

と、勝手に感傷的な気持ちになったことを覚えている。

今でも、おばあさんに教えてもらったとおり、乾燥は短い時間から試して、10分ごとに追加をするようにしている。ありがとう、私の第3のグランマ。

 

④中華屋での待ち時間

コインランドリーから徒歩20秒のところに、朝5時までやっている中華屋がある。全てカウンター席で、10席程度。いつからか洗濯の待ち時間に、夕食がてら入るようになった。

店主は中国人で、バッファロー吾郎A先生にとても似ている。今では店主ともかなり打ち解けて、あちらから唐突に日本の行政への不満を投げつけてくるくらいの関係性になった。

麻辣麺。店主いわくこだわりのメニュー

かつて、常連として認識されているかいないかくらいの頃の話だが、その日はコインランドリーの洗濯乾燥機が埋まっていて、洗濯機しか空いていなかった。つまり、洗濯してから、洗濯物を乾燥機に移す必要がある。

30分くらいで食事を終わらせて、乾燥機に移し替えに行こうと思い、中華屋に入った。しかし、洗濯が終わっただろうタイミングではまだ食べきれておらず、どうしようかなと思っていた。

そこで少し勇気を出して、店主に相談してみることにした。

「すみません、そこのコインランドリーで洗濯機回してるんですけど、乾燥機に移してきていいですか?お会計はするので」

「アア、イイヨ!ダイジョウブ!」

「いいですか!ありがとうございます」

今考えてみればお会計もするのだし、たいして問題はないお願いだと思う。それでも当時は、常連としてある程度の信用をされた気がして、嬉しかったのを覚えている。

 

その中華屋には今でも通い続けていて、月に何回かそこで待ち時間を過ごしている。料理の量が多く大抵ウーロンハイを頼むので、店を出て洗濯物を回収に行く頃には、満腹感と酔いでいつもふらふらの状態になっている。

そんな状態で、どうにか洗濯物を畳む。「きつい」、「早く横になりたい」、「やってらんねえ」と思いながら、黙々と畳む。そしてどうにか家にたどり着き、ベッドに倒れこむ。

この一連の流れに妙な達成感がある。「すごい頑張ったな……よくあの状態で洗濯物畳んだよ…と自分を褒めてあげたくなる。自分で勝手に食って飲んでいるだけなのに、何故かやり遂げたような心持ちになっている。

「ふらふらになるのが嫌なら、ウーロンハイを頼まなければいい」というのは正論である。だが、正論ばかりでは生きていけないのが、現代社会である。

これからも当分はウーロンハイで酔っ払いながら、洗濯物を畳む日々を送るだろう。

麻婆春雨定食

 

残り84日 -コインランドリーの思い出(1)通り魔予備軍・洗剤と報復-

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コインランドリー増加中

みなさんコインランドリーを使ったことはありますか?
使ったことがない人も案外多いのでは?毛布や布団の洗濯に何回か使った、旅先で使ったことがある、そんな人もきっといますよね。

実はコインランドリーは近年増えてきているそうです。ある記事によると、全国に20,000店舗近くあるとか。コンビニエンスストアが2022年時点で約57,000店舗なので、その3分の1と考えるとその多さが分かりますよね!

今回はコインランドリーを普段から使っている私が、コインランドリーにまつわるエピソードを紹介します!
「コインランドリーに行ってみようかな?」と、きっと思ってもらえるはずです。

何故私はコインランドリーを使うか

(導入は終わったので、アフィリエイトぽい文体はやめます。)

コインランドリーを使う理由はシンプル。家に洗濯機がないからである。

洗濯機置き場はある。しかし、洗濯機を置くべき場所に私はワイシャツを吊るしている。私の住む20㎡のワンケーには収納が少なく、洗濯機置き場のクローゼットは貴重な収納スペースなのである。

居室に生活感を出したくない、そんな思惑もあった。

 

また、ひとり暮らし当初は、慣れない家事に破滅的な生活になるのでは?という懸念があったので、洗濯くらい楽してしまおうと考えていた。

そんなこんなで4年弱、コインランドリーを使い続けている。

週に1回程度の頻度で使っているので、いくつか印象深い出来事もあった。青年期の生活の記録として、今日はそのうち2つの思い出について書いていく。

 

①通り魔予備軍

前提として、私の住む地域は若干治安が良くない。

夜な夜なマンション前の道路から酔った人々の奇声が聞こえる。ごみ捨てマナーは守られず、他の街ではなかなか見ないほど、ねずみが生き生きと躍動している。

変わった人に遭遇することも多く、隣のマンションに向かって立ち小便をするおじさんを目撃したのも一度ではない。公園の茂みに向かって立ち小便をしていたおじさんが、私に気付くやいなや、こちらに股間を見せつけてきたこともある。

 

そんな街の、とある夜。洗濯乾燥60分コースが終わっただろうと、コインランドリーへ回収に向かったときのことだ。

店内に入ると、奥に警察官が3人いる。店内は10㎡くらいの広さだから、半分くらいが警察官で埋まっている状況だ。

警察官3人が壁のようになっていたが、その奥を覗くと中年男性が一人座っている。何やら揉めているようだった。

「大丈夫ですか?」と目線で警察官に訴えると、「どうぞどうぞ」と言われた。

 

警察官のすぐそばの洗濯機から衣服を取り出していると、警察官と男性の会話が聞こえてくる。

男性いやあ昨日も新宿でかばんに包丁入れて歩いてたんだけどさあ、おれのこと知ってる警察の人に会って怒られちゃったよ~、アハハ!

警察官「それは駄目だよ!

 

それは駄目だろ、と私も思った。どうやら男性は刑務所や留置所への出入りを繰り返している有名人のようだった。

恐怖を感じたが、警察官が3人も間に入っているし、「どうぞどうぞ」と言われたし大丈夫だろう、とそのまま10分ほど洗濯物を畳んでいた。その間、男性は世間話をしたり、立ち上がろうとして警察官に制止されたりしていた。

すぐそこに通り魔予備軍がいる不思議さと、この街で働く警察官への同情を感じた夜だった。

 

あの夜からコインランドリーで他に人がいる際は、必ず人相を確認するようにしている。みなさんにも気を付けてほしい。

コインランドリーで背後を取られたら終わりだ。

 

②洗剤と報復

コインランドリーには大抵「洗濯が終わったら、速やかに洗濯物を取り出してください。」と注意書きが貼ってある。そして「次の利用者の方が取り出す場合があります」と書いてあることもある。

 

私自身、取り出すのが遅くなり次の利用者によって取り出されていたことがある。

洗濯後、ほんの10分しか経っていないのに取り出されていた時には、もう少し待ってくれてもいいじゃないか、と若干むっとした。しかし、「この街には色んな人がいるからな…」とすぐに納得した。

 

とある日、2台しかない縦型の洗濯機をどうしても使いたかったが、洗濯は終わっているものの、なかなか洗濯物が取り出されなかった。

1時間して改めて訪れても洗濯物はそのままだった。どうやら男性の作業着のようだった。

普段なら諦めるが、その日は急いでいたこともあり、「ごめんなさい!」という気持ちとともに勝手に洗濯物を取り出し、備品のかごに入れた。初めてのことだった。

「ここはそういう街だから!許してくれ!」、そう考えていた。

 

そして、洗濯が終わるだろう時間にコインランドリーへ戻り、洗濯機を開けた。そこには見覚えのない小分けの洗剤の空き袋が二つ、洗濯物に絡んでいた。

洗濯物を持ち上げると、若干のぬめりを感じる。

 

おそらく想像するに、勝手に洗濯物を取り出されたことへの報復に、すすぎ段階の洗濯機の中へ洗剤をぶち込んだのだろう。

「迷惑かけちゃったお詫びに洗剤追加してあげよ~」なんて親切心は、この街に限ってありえないので、「え?勝手に取り出されてんだけど?洗剤ぶちこんだるわ」というヤンキーを想像するのか自然だ。なんならクロックスを履いた彼女も隣にいただろう。

その後、もう一度洗濯機を回す時間はなかったので、結局家で手洗いをした。

みなさんも他人の洗濯物を取り出す際には、相応の覚悟を持って臨んでほしい。

私はもう取り出さないことにした。

 

-続く-

 

残り85日 -私がハマったゲーム(2)麻雀格闘倶楽部とゲーセンという居場所-

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非ゲーマーが書くゲームのこと

今週のお題「私がハマったゲームたち」、前回はマインスイーパーについて書いた。

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この青年期でハマったといえるゲームは少ない。ゲームにハマっている友人が周りに少ないからだろうか?と思ったが、考えてみるとみんなAPEXやどうぶつの森をやっている。

 

どうやら私自身にハマらない性質があるようだ。おそらく、他のことへの興味関心の方が強いというのが大きい。

同時に、少年期の自分を思うとハマりすぎるのが怖くて、ゲームから距離を置くようにしている、というのもある。スマートフォンにゲームアプリを入れると延々とやるのが目に見えているので、手を出さないようにしている。

とはいえ、ゲーム実況動画は時々観ていて、面白そうなゲームに憧れを持っている。最近だと「アンダーテール」や「デス・ストランディング」は手を出す寸前までいった。

 

 

そんな非ゲーマーが青年期にハマったのが、前回書いたマインスイーパーと、今回の麻雀格闘倶楽部である。

これはリアル麻雀

 

麻雀格闘俱楽部

麻雀格闘倶楽部は、KONAMIの「初心者から熟練ユーザーまで全てのユーザーが愉しめるオンライン対戦型麻雀ゲーム」で、ゲームセンターのアーケードゲームである。

麻雀格闘倶楽部と書いて、マージャンファイトクラブと読む。正直、初めて知った。「かくとう」じゃなかったんだ・・・。


映画「ファイトクラブ」の世界観が好きで、でも自分とは縁がない世界だよな、そんな風に思っていた。

今になって、自分がファイトクラブの一員だと判明して、戸惑うばかりである。にわかに全国の猛者たちを相手に麻雀をしてきた気分になってきた。

 

ファイト・クラブ規則第一条、ファイトクラブについて口にしてはならない。

 

映画の規則のとおりであれば、ここにファイトクラブについて書くことは許されない。

そんなアンダーグラウンドな麻雀ゲームだったろうか。口にしてはいけない麻雀、それは単に賭け麻雀ではないか?

 

麻雀格闘俱楽部 基礎知識

麻雀格闘倶楽部は、ショッピングモール内のゲームセンターにはなかなかないが、繁華街にあるゲーセンには大抵置いてある。

オンラインで全国の相手と対戦することができ、時々参加しているプロ雀士と対戦することになることもある。料金は大体¥100からで、負けなければ1時間くらい¥100でプレイできたりする。

音ゲーやUFOキャッチャーなどの客層とは異なり、中年の男性利用客が多い傾向にある。

ゲームとしてはシンプルに麻雀だが、操作性は良く、演出も適度にある。だめな要素は特に思い付かない。

 

麻雀格闘俱楽部あるある

・¥100でずっと昇段をし続けると自分が麻雀エリートに思える

・会員登録をしないでずっとゲストでプレイし続ける

・対戦相手が見つからないと、自分以外が全てCOMになり異様な早打ちをしなければならない

・対戦相手の前回順位を見て、相手を値踏みする

・リーチをかけるとロンやツモまで自動でやることがないので、携帯をチェックする。または、たばこに火をつける

 

ゲームセンターという居場所

ここからは思い出話になる。

大学生の頃、麻雀に興味を持ち始めた。実際に打つ友人はいなかったので、ブラウザ版やオンライン麻雀で遊んでいた。オンライン麻雀にはしばしば細かいルールがあり、チャットで怒られることもあり、ちょっと怖かった。

 

それに比べ麻雀格闘倶楽部のルールはシンプルだし、チャットもない。

それまでゲームセンターに行く習慣はなかったが、麻雀を知り、麻雀格闘俱楽部と出会ってからは、時間をつぶす際の選択肢としてゲームセンターも候補のひとつになった。

 

深夜のお笑いラジオやPodcastを聴きながら、だらだらプレイしていたのを覚えている。自分と同じことをやっていた友達のいないお笑いファンが、全国にいるはずだ。多くはないだろうが、500人は確実にいる。彼らがこのブログを読んだら、熱烈な同意をしてくれるだろう。

 

 

麻雀格闘俱楽部を一度始めると、2時間やり続けることはざらである。負けても¥100の追加なら気軽だし、勝ってしまうとなかなか終えられない。

夜、繫華街のゲームセンターに、当時覚えたばかりの煙草を手に居座る。若干ハードボイルドな心持ちになっていた。繁華街の一員になったような気分、そんな自分に酔っていた面は否めない。

もちろん居酒屋やバー、カラオケ、キャバクラ、そういった場所でわいわいとしている人が繫華街のメインだ。自分は繫華街の一員というより、ただ友達が少ないだけのやつだ、ということは分かっていた。暗い店内で光る筐体の液晶、騒がしい音、男性ばかりがぽつぽつといる店内。

 

だが、「都会に馴染めない、それもまた都会らしいじゃないか」と、そんな理屈で、ゲームセンターにいることがしっくりきていた。

おそらく誰しもが、家以外に居場所を持っている。学校や図書館、職場、バイト先、喫茶店、バー、近所の公園、お気に入りの雑貨屋、とそれぞれにあるはずだ。

私にとって、ゲームセンターの麻雀格闘俱楽部の椅子が居場所だった。

そんな時期があった、という話である。

 

書き終えての感想

・作家の藤田祥平さんは、ゲームを題材に素晴らしい文章を多く書いている。

 RPGやアクションといったゲームは、青年期の自分からは既に切り離されたものであると感じていたが、藤田さんの文章でゲームの持つ魅力に気付かされた。

 それはゲームの魅力を再認識したということでもあるし、ゲームと自分の関係を語ることに文学的/人生的な意味を持たせることができることへの驚きでもあった。

・そんな藤田さんへの憧れというのも、今回書いてみた動機のひとつ。やはりなかなか難しいですね。

・このブログの更新が非常に遅れている。巻き返したいと思っているが、いちいち内容が長くなり難しい。思い出を振り返ると感傷的な気持ちになり時間がかかるし、そもそも書く前から感傷的になって書き始めるのも難しい。

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残り86日 -私がハマったゲーム(1)マインスイーパーで学ぶ人生-

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非ゲーマーがハマったゲーム

青年期にハマったのは、Windowsマインスイーパー、アーケードの麻雀格闘倶楽部のふたつである。

おろらくこの今週のお題「私がハマったゲームたち」が求めているタイプのゲームではない。

グラフィックがきれいな最新ハードのゲームやオンラインFPSでもなく、スマートフォンでできるアプリでもない。ノスタルジーを誘うようなかつて流行したゲームでもない。

 

正直、私はゲーマーではない。「今週のお題」に一度乗っかってみたいから、書いてみている。非ゲーマーが書くゲームのこと、という観点で見れば、少し書く意味もあるのかなと思っている。

 

マインスイーパー 熟練までの9ステップと人生

みなさんマインスイーパーはご存知でしょうか?(英語表記だとMinesweeperです)

少しマイナーかもしれませんね。

簡単に言うと、四角の枠にタイルが敷き詰められていて、そこに隠れているMine(地雷)以外のタイルをオープンしていく、というゲームです。マインが隠れていないタイルをクリックすると、その周りにいくつのマインが隠れているか「1」「3」といった数字が表示されます。「ここにマインがあるはず」と思ったタイルには右クリックで「フラッグ」を付けて目印とすることができます。

 

 

と、いうのはみなさん知っているのはないだろうか。Windowsにデフォルトで入っていたから、一定の年齢以上の人は触れたことがあるはずだ。どメジャーである。

物心ついた頃からMacを使っている生粋のシティーボーイ・ガールの方はすみません。

 

 

さて、マインスイーパーの熟練にはいくつかステップがある。人間の成長と同じで段階を踏むのだ。書き出してみると、以下のとおりである。

(0)勢いでクリックしまくればどうにかなると考える

これは主に小学生~中学生である。自分中心の世界観を持つ彼らには、ただ闇雲にクリックと爆発を繰り返す以上のことはできない。それで上手くいかないのなら、それはゲームのせいなのだ。

闇雲にクリックをした結果

 

(1)冷静になって数字の意味を考えることができるようになる

第二次性徴が落ち着き、中学3年生~高校生以降の段階である。自分中心の世界観を抜け出し、周囲への関心が強まる。「もしかしてこの『1』とか『3』という数字には意味があるのではないか…?」と考えられるようになる。恋愛というものに意識的になるのもこの頃だ。

 

(2)フラッグを使えるようになる

一般に、就職を前にしたモラトリアムの時期にフラッグは使えるようになるとされている。就職というゴールのため、逆算してプロセスを考える思考を培う中で、フラッグという手段を取ることができるようになる。

しかし、手段に溺れ、ゴールへ遠回りをしてしまうこともある。フラッグを完璧に置くことに時間をかけすぎてしまったり、就職対策サークルのようなもので人脈を築くことに夢中になってしまう。良し悪しである。

丁寧にフラッグを立てクリアした例

 

(3)終盤での失敗を重ね「運ゲーじゃん」と嘆く

フラッグを使うことを覚え、少し大人になったつもりになった時期の、ちょっとした挫折である。マインスイーパーにおいても、人生においても、最終局面で運が試されることがある。

「1」と「2」をどう考えても、2パターンのマインの配置が考えられ、他に判断材料がない。就職面接での唐突な「好きな動物は?」といった質問もそうだ。

そういった時の決断に、彼らは慣れてない。これまで努力や論理で積み重ねてきたものが、最後は運次第となることに耐えられないのだ。

オレンジの箇所のどちらかにマインがあるが、決めきれない

 

(4)数字の配列のパターンを覚える

運に左右されるという残酷な挫折を乗り越えた青年は、また前を向く。自身の万能感にさよならを告げ、先人の知恵へ敬意を払うようになるのだ。つまり、攻略法を検索する。

「なるほど、『1』『2』『1』と数字が横に並んでいる場合、『2』の箇所にマインはないのだな」、「『2』『3』『2』の場合は・・・」といった知恵に触れる。次第に、マインスイーパーもこれまで学校で受けてきた教育と同じく、基礎が大事なのだと彼らは気付く。

そして、改めて自分の人生を振り返り、自分が学んできたことをひとつひとつ確認し、良い自己PRを書くのだ。大切なのは派手な経歴ではない、しっかりとした土台である。

左側の「1」「2」「1」という所では、フラッグの箇所にマインがある
 
(5)パターンが身に染み付き、反射的にクリックができるようになる

トライ&エラーの積み重ねだ。人生は楽しいことばかりではない。「どうすれば自分がなりたい姿に近付けるのか?」。そう考え、1回の失敗で諦めることはしない。

もう、彼らは思春期を終え、自身のアイデンティティと真正面から向き合っている。

クリック、爆発!

リトライ

クリック、爆発!

リトライ

クリック、爆発!

リトライ・・・

クリック、クリック、クリア!

 

そうやって内定を勝ち取るのである。

 
(6)悩むべき箇所と、一旦置いておく箇所の区別がつくようになる

ひとつひとつの数字の配列をこなしフラッグを立てていく。だが、どうも判断がしづらい箇所が出てくる。時間は限られているのに、その箇所に時間をかけてしまう。

そういった際に、一旦その箇所は保留し別の箇所を進める、ということが必要になってくる。

社会人は常にマルチタスクを求められる。無理に答えを出さない、寝かせることも時には必要である。上司から難しい指示を受けた際、すぐに取りかかることばかりが正解ではない。一旦、散歩に出てもいいし、マインスイーパーをしてもいいのである。

 
(7)フラッグを使わない方が早いのではと考え、練習する

段々こなれてくると、その先の段階に進みたくなる。これまでのやり方を根本から見直す必要があるのでは、と考え始めるのだ。フラッグを立てるクリックの手間が惜しい、と。トライすることはいいことだ。

社会人もとりあえず一度Excelのマクロを勉強する。

 
(8)やっぱりフラッグは多少使った方がいいなと思い直す

白米の代わりにキヌアやカリフラワーライスを使ってみて、結局、雑穀米あたりに落ち着いたことはないだろうか?

海外へ行って「やっぱり日本が一番!」と思ったことはないだろうか?

Bluetoothイヤホンから有線のイヤホンに戻した経験はないだろうか?

 

結局そうなのである。フラッグを全く使わないのは、これまでのやり方とがらっと変わることになる。結局、馴染みのあるものや、やり方に落ち着いてしまいがちなのである。

こうして社会人の多くは、マクロを使えないまま過ごす。とある記事では、社会人の55.3%がマクロを使えないという。私も使えない。

 
(9)その後

この先を私は知らない。多分40歳くらいになったら分かるのではないでしょうか。

 

 

書き終えての感想

・就職活動をしなければいけない時期に、大学のパソコンでマインスイーパーばかりやっていたのを思い出して書いてみた。

・なぜこんな文章になったのかは分からないが、書き直す気力もない。

・▼おすすめのブラウザ版マインスイーパ

 マインスイーパー|Minesweeper Online

 クリック数などの効率が出てくるのが面白い。

 

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残り87日 -音楽について(3)ライブ eastern youth-

これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。


ライブ13選

今回は5のeastern youthのライブについて書いてみる。

  1. 2009/03 New Found Glory @新木場スタジオ・コースト
  2. 2009/08 SUMMER SONIC -KASABIAN- @幕張メッセ
  3. 2011/07 The Music @大阪Big Cat
  4. 2012/09 Ringo Deathstarr @高円寺HIGH
  5. 2015/05 eastern youth @名古屋CLUB QUATTRO
  6. 2016/05 どついたるねん × 神聖かまってちゃん @恵比寿LIQUIDROOM
  7. 2017/06 eastern youth × KING BROTHERS @新宿LOFT
  8. 2017/10 The Zoobombs × Indus&Rocks @元住吉POWERS2
  9. 2017/11 踊ってばかりの国 @東京キネマ倶楽部
  10. 2018/08 Less Than TV -FUCKER,二宮友和,ロンリー- @渋谷 TSUTAYA O-nest
  11. 2019/12 radioDTM -折坂悠太,MOROHA- @新宿LOFT
  12. 2020/01 Bon Iver @Zepp Tokyo
  13. 2022/02 OGRE YOU ASSHOLE × カネコアヤノ @めぐろパーシモンホール

 

5. 2015/05 eastern youth @名古屋CLUB QUATTRO

eastern youthはスリーピースのロックバンドで、ライブも多く観に行っていて、思い入れが強い。書きたいことが多すぎて、もう少し時間があるときに改めて書きたいので、今回は簡単に。

youtu.be

 

これは自分にとって4回目か5回目のeastern youthのライブで、前ベーシストの二宮さんのラストツアーだった。「自分がeastern youthでできることは全てやりきった」という言葉とともに、二宮さんの脱退が発表されていた。アルバム「ボトムオブザワールド」が出た直後のことだ。

公式だとトートバッグが貰えた

うかうかしている内に近郊のチケットが売り切れたので、名古屋まで夜行バスで向かった。

二宮さんはMCでも変わらず飄々としていた。たしか、街中で漏らしかけたみたいな話をしていた。吉野さん(エレキギター、ボイス)が横で笑っていた。田森さん(ドラム)はいつもと変わらずポーカーフェイスだった。ライブは新しいアルバムの曲が中心だったように思う。いつも通り、素晴らしいライブだった。

帰りは、観れて良かったと思いつつ、やっぱり寂しかったのを覚えている。自分自身の人生の諸々とも相まって、なんだか区切りのように思えた。

なお、今のベーシスト村岡さんはもちろん格好いい。

 

感じること、生きていくこと

これまで書いてきた1~4のライブは、それぞれが新しい感覚や刺激を与えてくれたライブだった。eastern youthのライブは自分に何を与えてくれただろうか。簡単にまとめるのは難しい。

初めて観に行ったのは多分2012年か2013年だが、その頃はまずライブのエネルギーに圧倒されていた。青筋を立て叫ぶ、吉野さんが格好良くて仕方がなかった。それから、eastern youthの存在が自分の中で大きくなるにつれ、ライブで感じるものも段々変化していった。

 

これまで書いてきたライブの思い出では、初めに暴れる楽しさ、次に踊ること、身を委ねること、を書いてきた。

あえて言うならeastern youthは、感じること、を教えてくれた。いつもライブでは目を見開いて彼らを観ていた。必死に何かを受け取ろうとしていた。楽しむというより、なにか切実な気持ちだった。

ライブハウスでは、音楽性、吉野さんの詩、バンドのたたずまい、周囲のお客さんまで、全てがかけがえのないものに思えた。

eastern youthというバンドが存在して、こうして演奏をしている。その事実がどれだけ凄いことか。それがどれだけ自分にとって有難かったか。

「人生の支え」とか「明日を生きていく力」、そういった表現とも少し違う気がしている。何と言うか、「生きていくこと」について感じさせてくれた、考えさせてくれた。それがあの頃の自分を生かしてくれたように思う。

 

eastern youthについては一旦ここまでにしておいて、また書こうと思う。

吉野さん直筆メッセージ

カメラロールを見ると、どうやら名古屋のライブ後にカレーラーメンを食べたようだ

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残り88日 -音楽について(2)ライブ The Music,Ringo Deathstarr-

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30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。

 

ライブ13選

前回に続き、今回は3・4を書いていく。やっぱり非常に個人的な思い出だ。ライブを通して、どんなことを感じたか、などつらつらと書いていく。

  1. 2009/03 New Found Glory @新木場スタジオ・コースト
  2. 2009/08 SUMMER SONIC -KASABIAN- @幕張メッセ
  3. 2011/07 The Music @大阪Big Cat
  4. 2012/09 Ringo Deathstarr @高円寺HIGH
  5. 2015/05 eastern youth @名古屋CLUB QUATTRO
  6. 2016/05 どついたるねん × 神聖かまってちゃん @恵比寿LIQUIDROOM
  7. 2017/06 eastern youth × KING BROTHERS @新宿LOFT
  8. 2017/10 The Zoobombs × Indus&Rocks @元住吉POWERS2
  9. 2017/11 踊ってばかりの国 @東京キネマ倶楽部
  10. 2018/08 Less Than TV -FUCKER,二宮友和,ロンリー- @渋谷 TSUTAYA O-nest
  11. 2019/12 radioDTM -折坂悠太,MOROHA- @新宿LOFT
  12. 2020/01 Bon Iver @Zepp Tokyo
  13. 2022/02 OGRE YOU ASSHOLE × カネコアヤノ @めぐろパーシモンホール

 

3. 2011/07 The Music @大阪Big Cat

The Musicはイギリスのロックバンドで、2011年のこのライブは解散前のラストツアーだった。

高校生の頃、rockin'onに2000年代の名盤として紹介されていたのがきっかけで知ったのだと思う。彼らは親日家として知られていて、フジロックにも度々出演していた。このツアーの最後もフジロックだった。

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早々に東京公演のチケットは売り切れてしまって、フジロックに行くようなお金はなかったが、大阪なら行けるだろうと友人のTを誘った。大学に入学してから初めての夏、早速自分の怠惰さから大学生活は色々と上手くいっていなかったので、内心逃げるような気持ちがあった。

ライブを観に、いわゆる遠征をするのは初めての経験だった。どうせ大阪に行くのならと、前乗りして兵庫に住む共通の友人Nに会うことにした。たしか夜行バスで行ったのではないか。朝にUSJの近くに着いて、Nと落ち合った。

初めてのUSJ、これがあの地球儀か!と何枚も写真を撮った。入り口をバックに組み体操をした画像がまだ残っている。よく入り口でこんなに盛り上がれるな、というくらい楽しんだ。

 

だが、結局USJには入っていない。手びねり陶芸体験へ向かったからだ。若さゆえか大人びていたのか、今ではもう分からない。淀川かどこかの粘土で作れるという誘い文句が、私とTの心をつかんだ。NはUSJを案内する気でいてくれたようだったが、頑なに陶芸を主張する私たちに渋々折れてくれた。USJより手びねりが熱い、そんな18歳だった。

手びねりたち

 

踊るということ

いや、旅行記は置いておいて、ライブについて書こう。

結果として、このライブはそれまでに味わったことのない気持ち良さを教えてくれたライブだった。踊る、という楽しさを知った。それまでパンクバンドのモッシュがあるようなライブに行くことが多く、それらは「踊る」というより「暴れる」「叫ぶ」といった楽しさだった。

The Musicの音楽はとにかく踊れて、そして大阪の人柄なのか、周りの観客もみんな心から楽しそうにしていた。ブレイクダウンで「来るぞ来るぞ」と待って輪を作り、沸き立つその瞬間に輪の中に押しかけ、踊り、飛び跳ねる。それぞれが、それぞれの好きなように踊る。時には目を合わせ、相手の踊りに応えるように踊る。パンクバンドのライブの、一方向に向かって一斉に押しかけるのとはまた違う楽しみ方があって、これ最高だな、と感じた。

ライブが終わり明転し、踊り続けたTはTシャツを脱いで絞っていた。

 

会場を出て、放心したようにビルの前で座り込んでいると、バンドのメンバーが出てきた。不意に現れた彼らに驚いたが、チケットにサインでも貰おうとギターのアダムに「東京のチケットが取れなかったから、大阪まで来たんだ」と話しかけた。

すると、「そうなの?多分、ゲストで東京も入れてあげられるよ」と近くのスタッフを呼び寄せてくれた。そして、想像もしていなかったが、インビテーションで東京公演も観に行けることになった。

 

その何日か後、ありがたく東京公演を観に行った。満員も満員でなかなか踊れなかったが、今でもThe Musicは大好きなバンドだ。不意にこのグルーヴを身体が求める瞬間がある。

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アルバムで聴くなら1stからがおすすめ。

4. 2012/09 Ringo Deathstarr @高円寺HIGH

Ringo Deathstarrはアメリカのシューゲイザーバンドだ。(今回改めて調べるまでイギリスのバンドだと思っていた)

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シューゲイザーとはWikipediaいわく、

フィードバック・ノイズやエフェクターなどを複雑に用いた深いディストーションをかけたギター、ミニマルなリフの繰り返し、ポップで甘いメロディを際立たせた浮遊感のあるサウンド、囁くように歌い上げるボーカルなどが、一般的特徴として挙げられる

といった音楽だ。My Bloody Valentineというシューゲイザーの代表的バンドのアルバムは、大抵のロック雑誌で取り上げられる名盤で、私も高校生の頃に洗礼を受けた。

それから何年か越しの、初めてのシューゲイザーのライブだった。大学の友人Gを誘い、噂で聞いていたサブカルタウン高円寺に初めて訪れた。ライブハウスでどんな風に聴こえるのか楽しみだった。

 

身を委ねるということ

ライブが始まり、轟音が鳴り響く。メンバーのアレックスがきれいだった。

だが、「あれ?なんか乗れないな」と思った。ステージを観ていても、大きな動きがあるわけでもない。黙々と演奏している。繰り返しのリズムが多く、ミドルテンポだし、踊りようがなく、楽しみ方が分からなかった。少しそわそわしながら、周りに合わせ身体を揺らしていた。

 

手持ち無沙汰のような状態で、ふと目を閉じてみた。

シューゲイザーサウンドが響いている中、段々とイヤホンで聴くのとは違う奥行きに気付いてきた。音の重なりがよく聴こえる。低音の振動が全身を揺らすのにも、心地良さを感じてきた。

視覚を捨て、聴覚に集中する。少しずつここがどこだか分からなくなるような、宇宙空間に投げ出されたような、そんな浮遊感を覚えるようになった。音の振動が、宇宙服のように身体の周りに膜をつくっている。

音楽に身を委ねる感覚。踊るというより、曲の展開のままに流され、身体が自然と揺れる。

エウレーカ!こうやって楽しむのか!と気付いた。ライブの新しい楽しみ方を学んだ瞬間だった。身を委ねる感覚、音の中に埋没していく感覚が新鮮で、その後の時間はすぐに過ぎていった。

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私が観に行ったライブの2年前、同じ高円寺HIGHでの映像があった。

個人的には" Tambourine Girl"という曲が好きだが、公式にはあがっていなかった。アルバム「Colour Trip」に収録されている。

 

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