残り96日 -お笑いについて(1)ケータイ大喜利/あらびき団-
これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
渋谷にて
きっかけ ケータイ大喜利
5日目を終えての感想
・お笑いについては書きたいことがありすぎて難しいし、好きな芸人の羅列になってしまいがちだ。今回は特にまとまりがない文章になってしまった。
・この後も何回かお笑いについて書きたい。番組ではアリケンやゴッドタンから色々と。爆笑問題やバナナマン、アルコ&ピースのラジオやPodcast。ラーメンズやおぎやはぎのことも。あとアマチュアで舞台にでたこと。落語は別で書こう。
・ブログ5日目もなかなかの存続の危機だった。なかなか書ききれず、深夜になってしまった。方向性が定まらなかった。予定が入っていると難しい。
・あまり自分に期待をしすぎず、とりあえず書いて公開しよう。
・今日はウーロンハイを2杯飲んだ。角煮ご飯や焼き鳥を食べた。
残り97日 -夏の休日-
これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
日常を書くこと
これまでの3日で導入みたいなことを書いてきたので、そろそろ本題に入るべきだ。これまでの人生を整理するために、青年期にあったことや好きなものについて書いていきたい。
ところが、今日はちょっと用事があって、なかなかブログの内容を考える時間が取れなかった。まとまりのあることを書ける気がしない。
なので、今回は一旦、日記を書いてみる。それはそれでいいかなと思う。何てことない日常をあえて記述することで、改めて分かるものもあるだろう。
あの出来事が印象的だった、何と何が一番好きだ、といった風に、自分にもたらした影響が大きいものを切り抜いて文章にする。
それも必要だが、もしかするとそうやって直接に言及しなくとも、日々を描くことによって、言葉にすることの難しい空気感を伝えられるかもしれない。そこからも自分の嗜好や性質が伝わるかもしれない。
いつか読み返すときに、日常の些細な出来事の記録が、当時の感覚をよみがえらせるきっかけになったりする。
イン・ザ・プール
今日は市営の屋外プールに彼女と出かけた。お互いの家からも近く、11:30にプールで待ち合わせをした。以前から狙っていたスポットで、案の定落ち着いた雰囲気の、良い意味で地味なプールだった。
夏は楽しまなければいけない。そういった使命感というか義務感を、自分も彼女も持っている。
空は少し曇がかっていて暑すぎず、水温もちょうどよかった。プール日和だった。29歳になっても「プール日和」という言葉は、大抵の名言より心に響く。
クロールで久しぶりに50mのレーンに挑戦した。苦しくなってきたな、と顔を上げ前を向くと、あとちょうど半分あったので、すぐに諦め足を着いた。
レーンを出て、彼女のところに戻り、クロールきついわ、と告げた。29歳、肺活量は衰え、諦めが早くなり、見栄も張らない。
それからスタンドでプリッツを食べたり、身体に登ってくるアリを振り落としたりしながら、ゆったりと時間を過ごした。
平泳ぎや背泳ぎでは50m泳ぎ切れ、面目を保った。
海やプールでぷかぷかと浮かんで、流れていく雲を眺め、水中の音を聞くのが好きだ。
彼女に、ぷかりてえな、と告げ、水中に浮くと、脚を持って押してくれた。途中にいる親子やカップルをすり抜けるように、彼女がリヤカーのように操縦をしてくれた。50mのプールを端から端まで押してもらった。
お返しに押してあげるよ、と告げたが、彼女は笑ってしまってなかなか浮かべなかった。先ほどの浮いている私の姿が少し怪しかったようで、おかしなやつに見られないか、と気にしていた。
結局50m押し終わると彼女も、最高やな!と言っていた。分かってもらえて良かった。
街を散策
プールを出て、昼ご飯は中華でも食べるかあ、と歩いていると、馬肉の店を見つけた。
馬肉ユッケ丼。中華は当然美味いだろうが、馬肉ユッケ丼のポテンシャルはいかんせん気になる。そう合意に至り、馬肉料理屋へ入って、私はウニのせ馬肉ユッケ丼を食べた。上品だった。
ビールも飲んだ。昼のビールは最高だな、と言い合う。日本全国、ありとあらゆるところで、全員が同じことを言っていると思う。
その後、意識が高そうなフランス料理店がプリンを売っていたので冷やかし気分で買ってみたり、雑誌に載っていた良い雰囲気の古書店で、裸のランチの文庫を買ったりした。
古書店では背表紙を眺めながら、あれもこれも読んでいない、これは持っているけど読んでいない、これは読んだけど内容をほぼ覚えていない、と何だかそわそわした。
馬肉ユッケ丼は原価の高さからか、あまり量がなかったので、酔った勢いでマクドナルドでポテトとナゲットを買って、彼女の家に帰った。
家に着いた頃には、別に食べたい気分でもなくなっていた。
日が暮れた
少し昼寝をして、ポテトとナゲットを食べると、何でこんなに美味いのか、と驚いた。夏の夕方、冷房の効いた部屋で食べるファストフードは冷めていても美味しい。その勢いでプリンも食べた。
晩ご飯に行って、その後レイトショーでホラー映画「女神の継承」を観よう、と家を出る。本当は彼女の誕生日プレゼントを買いに行く予定だったが、プールとビールの後に、歩き回る気力はもうなかった。
海鮮サラダとタコの唐揚げ
晩ご飯は、以前にも行ったことのある海鮮の居酒屋で、とにかく美味しい。
まず海鮮サラダを頼んだ。
小学生の給食に出た頃から、海鮮サラダには敵意を持っている。あの怪しいピンクの海藻とわかめの磯臭さを、DNAが拒絶をしていた。
しかし、30歳になるのだし、改めて海鮮サラダに向き合うときだと決意し、注文した。するとマグロや白身魚の刺身、トマトなんかも入っていて非常に美味しい。海鮮サラダを克服した、そう思った。
だが、こう書いていて小学生の頃に出たのは「海藻サラダ」で「海鮮サラダ」ではないと気付いたので、「海藻サラダ」にはまだ警戒をしていく。
タコの唐揚げも頼んだ。
彼女にこのブログのことを告げると、お互いの20代前半の生き方についての話になった。理想の生き方とのギャップ、そもそも理想って何だろう、といったことを話した。どう生きればいいのか、と。
同時に、タコの唐揚げを口に入れる度に、お互いがいちいち美味さに驚いていた。最後まで驚きは続いた。なんでこんなにタコの唐揚げは美味いのか。何か味付けがしてあるのか?ここのはタコが違うのか?など。
おれ多分普通の唐揚げよりタコの方が好きだな、と言うと彼女に、それはない、と言われた。自分も酔っていた自覚があったので、たしかに言い過ぎたかもしれない、と思った。
酒に弱い私たちは、プールの疲れもあいまって、この後レイトショーなんて観れない!と、映画は諦めることにした。
そしてまた彼女の家に戻り、テレビで本当にあった怖い話を観て、はい吾郎さん!で笑った。
そんな1日だった。
夏もあと何週間かで終わる。プールにまた行きたい、今度は友達も誘おう、と思った。
残り98日 -私について-
これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
ブログを通して人を知るということ
一般人のブログを読んでいると、その人の人となりはすぐには分からない。
日々の更新を追っかけていって、時々出てくる情報をつなぎ合わせるように、その人のことを知っていく。
高校生の頃から前略プロフィールが流行りはじめて、友達の友達の友達の日記も覗いたりするようになった。前略プロフィールにはプロフィールが載っているから、その内容と雰囲気で、おおまかに人となりが分かった。ギャルがいたり、毛並みの良い付属のやつだったり、部活に全て懸けているようなやつ。
彼らは毎日更新する日記だったり、Twitterのように呟きをリアルタイムで更新する「リアル」を持っていた。
私も「リアル」を持っていたが、基本的に仲間内のウケを狙うもので、内容はまあまあフェイクだった。
高校2年生頃から、主にAmebaブログで、外国人との結婚を機に海外で生活する女性たちのブログを読むようになった。海外の生活に憧れがあったからだろうか。
彼女たちはもちろん一般人であるから、個人を特定されるような記事は書かない。それに傾向として、リテラシーが高い方が多かった。
だが、日本在住の人に比べては、周囲の外国人にブログが特定されるようなリスクがないからか、わりとそのままの日常を文章にしていた。それは、日本に住む家族や友人への近況報告という意味合いも持っていたからかもしれない。
彼女たちの家族のことや生活のことに段々と詳しくなっていく。彼女たちの考え方や性格が、会ったこともないのに少しずつ分かっていく。それが面白かった。
初めて人と会うとき、その人の顔や仕草、ちょっとした会話、ファッション、仕事から、その人への印象が自分の中で形作られていく。
そういった表面上のことにも、人となりというのは間違いなく現れる。
しかし、それだけでその人のことを知ることはできない。人を理解するのには、時間が必要だと思う。ひとりひとりの人生には、語り尽くせない起伏がある。それは必ずしも表面には出てこない。
ブログを読むということは、そんなことを教えてくれた気がしている。
今でも、関係性があまりない人から、ちょっとした会話で気に障るようなことを言われても、あまり深くは受け止めない。その言葉の裏にどんな人間性が隠れているか分からないし、同じ様に相手も自分を理解しているわけではないのだ、と思える。
私について
とはいえ読者としての経験から、もしこのブログを誰かが読んでくれた場合、やはりプロフィールが気になるのは分かる。
だが、日付が変わるまでもう時間があまりないので、細かくは書けない。そして、どこまで個人情報を開示していいものか決めかねている。
とりあえず簡単に書くなら以下のとおり。
・29歳男性
・会社員(デスクワーク)
・関東でひとり暮らし
・都内の大学に通っていた
・野球やバスケットボールをしていた
・音楽は主にロックやパンクに触れてきた
・映画はミニシアターでよく観る
・文学一般が好きだが、最近触れていない
・お笑いが好き
・町中華が好き
・ビールよりウーロンハイを頼む
3日目を迎えての感想
・3日目にしてブログ存続が危ぶまれた。金曜ということもあり気が緩んだのか、更新を投げ出しかけた。
・「なぜ酒を飲んで寝てはいけないのか」と自分に問いかけたりした。
・「散々そうしてきたのだから、この100日間くらいは頑張ってみたら?」と、どうにか自分を説得した。
・この3日間で導入のようなものが終わった気がする。総論から各論に入らなければならない。
・明日は何を書こうか。いくつか予定があるが、いつ書けるだろうか。
残り99日 -青年期について-
これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
青年期について
大学3年生のとき、教養科目で発達心理学の授業を選択した。
大講堂での授業で、出席者が多かった記憶がある。楽単だったのかもしれない。残念ながら、それを教えてくれるような友人は私にはいなかったが。
ちょうど真ん中あたりの席から、優しそうな女性講師の話をぼんやりと聞いていた。
半期の授業が終わり、テストの準備をしていく中でやっと内容の面白さに気付いて、珍しくSかAの評価をもらった気がする。
彼女が言うには、エリクソンという心理学者が、人間の発達段階を以下の8つに分けたとのことだった。
乳児期、幼児期初期、幼児期後期、学童期、青年期、初期成人期、壮年期、老年期
簡単に言えば、身体の成長や環境の変化に応じて、行動や思考が変化していくという理論で、例えば乳児期から幼児期の移り変わりでは、自分でできることが増えるにつれ自分の意思が生まれてくる。それと同時に、やりたいことをやらせてくれない両親への疑いや、上手くできないことへの恥といった感覚を覚えるようになる。
このように理論の中では段階に応じた適当な発達とそれに伴う心理的課題が説明される。
印象深かったのは老年期についてで、成熟と老いを経験したあと、どのように心理が発達していくかということ。
死を間近にしたとき「適当な発達」は、自分の人生に折り合いをつけ、死を受け入れること。そして子ども世代や世界全体のことに自然と関心を抱くようになること。
反対に「心理的課題」、つまり陥る可能性のあるクライシスは、取り返しようのない自分の過去に囚われて絶望してしまうこと、とされる。
学生の自分に、死を受け入れられる心持ちというのは想像できなかったが、そういった心理の発達が存在するということ自体が、とても面白かった。
講義を受けていた当時の自分はもちろん「青年期」に属していた。
(年齢の区分には諸説あり、エリクソンの発表当時は20歳頃までだったそうだが、現代では20代前半または29歳までの場合もあるようだ)
青年期の心理的課題は、「アイデンティティの確立」で、それはまさに当時の自分が感じていたことだった。
そこら中にある話だが、就活を控え自分がどんな人間か、何をしたいか考える必要があったし、どうしても他人との比較をしてしまう時期だった。
さらに個人的な事情として、色々と不甲斐ない大学生生活を送っていたため、なかなか自分を肯定できなかった。
アイデンティティの確立について悩むということは、セルフイメージと現実のすり合わせのようだが、自分はどうしてもそこに同一性を見つけることはできなかった。そういった状態を「アイデンティティ拡散」というが、あの頃は何かあるとすぐに「おれはアイデンティティ拡散してるからな…やっぱだめだな」といった状況だった。
青年期は続く
そして、29歳の現在。本来であれば初期成人期に入っていても良い時期である。
社会人として案外真っ当に働いている。ひとりで生計を立て、多少の経験を積んだ。それでも自分が大人かどうかに疑いを持っている。
大学生の頃と表面上は異なるが、どうしても根本はあの頃と地続きに思える。次の発達段階に入ったようには思えない。
今でもアイデンティティ拡散の自意識があるからだろうか。あの頃の呪いじみた思考が、脳を作り替えてしまったようにも思う。
そんなことを考え、29歳まではとりあえず青年期で構わないだろう、と思っている。
今こうして講義を思い出して、あの教室でアイデンティティを確立できていると思っていた人間はいただろうか、と気になった。
みんな私と同じだったのではないか。
当時の自分には、そうは思えなかっただろうな。
残り100日 -このブログについて-
これは今年で30歳になる私が、20代を終える焦りで始めたブログです。
30歳までの100日間、毎日30分は時間を取って書いてみようと思います。
ブログを始めるきっかけ
今年30歳になることはもちろん認識していた。
たかが年齢だが、自分にとっては大きな区切りで、20歳頃から「30歳まで生きていられるだろうか」と思っていた。
自分は人生に期待をしすぎる方で、それなのに怠惰であるから、いずれ現実との乖離に打ちのめされて、どうにかなるのでは、と考えていた。20代までは自分にも他人にも色々と言い訳をしてやり過ごせても、30代はそうはいかないだろう、と。
しかし、それと同時に、30歳を過ぎてもだらだらと生きていくことができることも分かっていた。だが、それならば悩み抜いて死んでしまった方がましと信じていた。
社会人として働き始めると、仕事は一定の承認欲求を満たしてくれた。また、目先の「これをしなければ」「あれをしたい」をこなしていると、時間が過ぎていった。だが、日々うっすらと「案の定、だらだらと生きていくコースに入ってしまったな」と感じていた。
30歳に近付くにつれ、焦りが湧いてきた。自分の人生は何だったのか。本当は何がしたかったのか。これからどう生きればいいのだろう、と。全てが未整理に思えた。
総括が必要だ。総括をしなければ、20歳の頃の自分を裏切ることになる。このまま30歳を迎えるなんてことはすべきでない、と感じていた。
そして先月、ふと思い立って日数計算ができるWebページで調べてみると、誕生日まで残り120日と表示された。残り100日までのこの20日間、あれこれ考え、まずはこうしてブログを始めることにした。
毎日文章を書いていけば、いろいろと考えを整理できそうだし、ブログとして公開することで文章のまとまりを意識するようになるだろう。
いつかテキストを読み返すとき、殴り書きのメモだと未来の自分は理解してくれない可能性がある。価値観ががらっと変わって、ほぼ別人のような思考回路を持っているかもしれない。日々ポエティックなメモをEvernoteに残しているが、先月のメモの意味すら分からないことが多々ある。
また、はてなブログには読者として愛着もあり、はてなブロガーに憧れもあったので、これを良い機会に始めてみたい。
ブログの基本方針
何よりも更新を継続していきたいが、こういったことを続けられた試しが、まずない。今度こそは、と強い決意は持っている。
だが、自分でも驚くぐらい、この類の決意は私に効果がない。
大学受験では「夏休みは毎日8時間勉強する」と強く決意したが、平均すると1日1時間未満だった。高3の夏は、ほぼ吉本無限大ホールとアイドリングの動画を観ていた気がする。あとはBOOKOFFで中古CDの品定めをしていた。
大学時代には筋トレを始めようと決意しプロテインを買ったが1週間と続かず、プロテインは父親に譲った。
社会人になってからも、早めに出社しようと毎日思い、毎日ぎりぎりに出社している。心の中で気まずさを感じつつ、元気なおはようございますで誤魔化す日々を送っている。
「人が変わるのに、決意を新たにすることほど無意味なものはない」と聞いたことがあるので、今回は日常にブログを組み込むことで、同じ轍を踏むことを避けよう。
そこで「毎日最低30分はブログを書く」、「その日のうちに更新する」というルールを設けることにした。
つまり、遅くともその日の23:30には書き始める必要がある。スマホのアラートが出るように設定もしよう。
書きたい内容
継続して書くためにも、基本的にはその日に書きたいことを書いていく。もしかすると日々の記録に終わるかもしれない。
しかし、自分が触れてきた音楽や映画、文学などのこと、仕事のこと、人間関係のことについては、書いていきたい。
私は、自分について考えるとき、自分が何者でもない空気のような存在だと感じてしまいがちだ。自分には何もない、と。まあ本当にそうなのだが。
しかし、一応29年間生きてきているわけで、自分に影響を与えたあれこれや経験したことを整理して、生きてきたという事実くらいは認めてあげたい。
初日を終えての感想
・ブログを書く前にアイコン画像を作り始めたのは、形から入る自分らしい。
・最低30分というルールに加え、制限時間も設けた方がいいかもしれない。このブログもだらだらと3時間くらいかけてしまった。
・まだ存在しない読者を想像しながら書くことの難しさ。ひたすら内省的になるだろうと思っていたが、書き始めるとやはり外向けになってしまう。それでいて完全に外向けに振り切る気も起きない。100日後に30歳になるワニにはなれない。